2004年12月18日

A305「沈黙の村 番外編〜ヴァルターと秘密の手帳」8

 ソファーの定位置に、ぽすん、と落とされて。
出入り口にはモーリッツ。背後にはディーター。
ほとんど真っ白になってしまった頭の中は、「まずい、まずい、とにかくまずい」の繰り返しである。
 ジムゾンだけでも相当に厄介だが、執念で自分を追い詰めたディーター。仕返し半分のモーリッツまでかわして逃げるのはほぼ不可能だ。
そして、その可能性までも奪うように。
「小窓から……ではないですがちょこっとお邪魔します」
 凶悪さでは相方以上のアルビンが。
「こんばんは、村長さん、大丈夫?」
 パメラが。
「村長、大丈夫?まだ寝不足?」
 苦笑いしたオットーが。
「……何とか間に合っただ!」
「イエーイ、こんばんは。村長、ごめんね」
 ヤコブとヨアヒムまでもが入ってきた。
水も漏らさぬ包囲網である。
「言っとくがな、俺は別にオットーを殴っちゃいねえぞ」
 どうせモーリッツの手紙の「オットーの身も危ねえんじゃねえのか?」というのは大袈裟か嘘だろうとは思っていた。
ただ、コートを被せて目立つ赤毛を隠し、前かがみ気味に歩かせ、更にジムゾンに追いかけさせれば、ヴァルターの判断が鈍ると考えたのは、どう考えてもモーリッツ一人の知恵では有り得ない。
 練習までさせて耳に息を吹きかけたりなどのいやらしさからも、ジムゾンの悪知恵がメインであることは明白だった。
もう、声も出ない。
「村長っ、何が書いてあるか知らねえが、妙なものは捨てちまうだよ」
 被害者その一のヤコブは、かなり精神的に参ってしまったようだ。
「おら、大八郎まで犠牲にするところだっただ」
 何かが違うんじゃないかなー、とヨアヒムは思ったが、髭の男に後ろから囁かれる、という体験は、ヤコブの神経にはこたえたようだ。
ヨアヒムは最初、反射的に肘鉄をディーターに食わせかかり、押さえ込まれて「真面目にやらないと、お前の名前連呼だ」と脅されるだけの余裕はあった。
 でも、村長さえ素直だったら、あんなことなくて済んだよな、という意見では、ヤコブと一致している。
超村人、の自分にだって、プライバシーはある。村長が妙なことを書いていたら止めて欲しいし、できれば目の前で燃やしちゃってほしいな、と、思っているのだった。
 しかし、ヴァルターはまだ半ばほうけた様子である。
「……ちょっと台所借りるよ、村長」
 このままでは正気づかないな、と判断したオットーが台所に向かい、その後を、手伝うから、とパメラが追いかけた。
 比較的同情してくれそうな二人がいなくなり、更にヴァルターはどうしようもない状態である。
「さて、初めちまうかな」
 ぐるり、とソファーを回り、ディーターは左斜め上から、ヴァルターを見下ろした。
「秘密メモって、結局どんなんだよ」
 どこから間違ったんだろう、私は。
アルビンに代価を支払った三日目か、それとも秘密メモの存在を種にもう少し支払いをと要求された五日目か。
写しをアルビンが持っていない、とは言い切れない。何せ抜け目がない商売人だ。
ジムゾンに作戦を任せて、何をしていたか知れたものでもないし。
ああ、どうしよう……本当にどこからどうすれば私はこの混乱をなかったことにできるのだろうか?


 ふと、目に湯気が染みた。
「……村長、ほら、飲んで」
 先ほどディーターが発したのとは違う、優しい声が耳から微妙に離れた左側でする。
オットーの声だ。
「何だかヤコブもヨアヒムも騒いでいたものね。ほら、零さないで、お髭につくわよ」
パメラの声が右側から。
 言われるままに傾けたコップから、甘く香ばしい飲み物が喉をくだってゆく。
「ナッツとクリームを入れた珈琲だよ。おいしいから」
 温かい飲み物、つかの間、ヴァルターはその温もりを、子供が好物を味わうようにゆっくりゆっくりと楽しんだ。
他の皆にも、それぞれ温かいものが供されたようだ。
「まあ、折角集まったんだしさ、村長」
 何となくすがるように見上げてくるヴァルターにオットーは苦笑した。
「そういうの、なくしちゃったら?アルビンさんからも買い戻して」
 メモ魔な村長、その几帳面さが村を運営するのに必要なことは、オットーにも分かっている。秘密とはいえ、致命傷なことは書いてはいないだろう。
けれど、表に出た時点で、人は、それを気にしてしまうものだ。
だったら消してしまったほうがいい。一旦まっ更にして、村をやり直さなきゃ。
 生き残った霊能者は、まだ墓に行けなかった。彼らの姿を見てしまうから。名残のその姿に、心を痛めてしまうから。
でもこんな騒ぎを終えてしまって、村長と一緒にお墓に行こう。彼らを見送ろう。
そう決めたから、パメラが知らせに来たとき、一緒に村長宅にゆくことにしたのだ。
「アルビンさん。僕らとこれからもやってゆくんだよね?」
「……末永いお付き合いを、と思ってますが」
 用心しいしい答えたアルビンに、今度はヴァルター以外の視線が集まる。
「そうね。もし、メモのコピーがいつまでもあったら、村長だって困るわね」
「おらも安心して大八郎置いて出かけられねえべ」
「アルビンさんから、何か買うの考えちゃうな、僕も」
パメラが、ヤコブが、ヨアヒムがカップをテーブルに置く。
「そうだな、ヴァルターに捨てさせてもアルビンが残ってたら意味はねえ」
 ディーターの目も、つかの間、ヴァルターから離れる。
「あー、その、皆さん。メモはないってことでは」
「おいおい、商売人が、売り時を間違えちゃいけねえぜ、アルビンよ」
 モーリッツが背中でドアにもたれかかり、誰も出てゆけないようにする。
「あー。私はー、そのメモは知りマーセん。人狼サマに誓いマース」
 右手を挙げて宣誓し、逃げる形のジムゾン。使えない、と思いつつも、アルビンは、あまり未練を残したように見せると、後日のうまみがないな、と判断した。
「えぇとですね。今日は……」
「持ってきてねえ訳がねえよな?ヴァルターに売りつける気なら」
 ディーターの視線はヴァルターに向けられ、アルビンへと流される。
思い切りも、商売には肝心だ。この損を、どうやって倍にしてヴァルターから取り返そうか、そんなことを考えつつも、アルビンは懐から、小さな革の手帳を取り出した。
「これなんですが……」
 びくり、とヴァルターはなるものの、カップを握ったまま、手は強張っている。
歩み寄って受け取り、中を開いたディーターは、ページをめくって、面食らった表情になった。
「なんだ、こりゃあ?」
 ヤコブも走りより、中を覗き込む。
「文字っつーより、記号だべか?」
 やっぱり皆、気にはしていたので、手帳は手から手へと渡った。


 確かに、秘密らしい秘密もあるにはあった。
『モーリッツが頭を掻く時は、昔最初に禿げはじめた部分から』とか、『パメラは小さい頃、鉄棒から目を回して落ちて、自分ではなく、支えていた子の鎖骨を折ってしまった』とか、『ヤコブは植物に名前をつけるとき、男と女と交互につけている』、『ヨアヒムは肉を食べると分かっている場合、前の日お腹をすかせておく』とかとか。
 まあ、秘密ではある。間違いなく秘密メモではある。
しかも細やかなレベルだし、醜聞とまではいかない。
ただ、その下の、数字と記号の羅列が読めない。全く読めない。
因みにアルビンは、『調査予定、まずは帽子から』のみで数字記号はなし、ジムゾンはもう、昔馴染みの悪口雑言、こちらは数字もあったが何度か線で消してある。
オットーは、『実は可愛い嫁さんがいるらしい、いつの間に!』とだけで、助かった、と内心胸をなでおろした。
 まあ、ふたを開ければこんなもの、という程度であり。
「……しょうもねえこと覚えてやがったな、ヴァルター」
モーリッツの舌打ちで、全員の視線が向く頃には、ヴァルターは飲み終えたカップを見つめていた。
「で、ちゃちゃっと言っちまえ、この数字は何なんだ?」
 ディーターが、しゃがんで正面からヴァルターと視線を合わせにかかる。
後ろでは再び萎縮されて使い物にならないからだ。
 うぶな女じゃねえんだからよ、と最初は呆れていたが、まあ、こんな家に一人で住んでいれば、異性も同性も接触以前だろう。
いい女に後ろから囁かれたりしたら、ディーターは嬉しいが、ヴァルターなら、パメラ相手でも腰を抜かしかねない。
「それは私でも読めなかったんですよね……実を言うと」
 アルビンは、自分にはその暗号がないことから、何らかの重要情報だと踏んでいたのだが、対照表などを作っている暇はなく、写しを取るので手一杯だったと正直に言った。
何せ、人狼騒ぎの最中、村をまとめるのに、ほとんど一人で動いていたのだ。合間の楽しみといったら、メモの中身を推測して、幾ら儲かるか、と計算するくらいしかないではないか。
「ヴァル。言ってすっきりしちまえ。な?」
 ディーターはヴァルターの手からカップをもぎ取った。
所在なげに宙に浮いた手を、パメラがそっと揺すぶる。
「―――ちゃんと洗ってますからね。村長」
 ぱちぱちと瞬くヴァルターの睫毛が、ちょっと長めなのね、とパメラは妙なところに感心したが、呆けた人を散々介抱した今日、村長にも正気づいてもらいたい。
「先生に教えてちょうだい、あれは普通に書けないようなとんでもない内容なんですか、それとも?」
 ゆっくりと、ヴァルターの首が横に振られる。
「あれは、……そんなものじゃなくて。その……」
 口の中でごにょごにょと言っているので、もう一度耳を攻めてやろうかとディーターが立ち上がろうとした時、ふっと、ヴァルターの言葉だけが、静まり返った部屋に響いた。
posted by ai-s at 20:01| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 人狼SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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