2004年12月19日

A305「沈黙の村 番外編〜ヴァルターと秘密の手帳」9

「……遺言、だよ」
『遺言っ?!』
 皆の声が重なる中、俯き気味に、ヴァルターは話し始めた。


(おおい、幾つだよ、村長。中年でもまだ先はあるだろうに)
(( ´ー`)y-〜旅人なら生命と年齢は関係ないんだが)
(じゃ、じゃあリーザたちのもあのメモにはあるってこと?)
(あらー、真っ先に食べておくんだったねえ)
(おばさま……遺産目当てにしてどうするんです)
(ひょっとしてオレっちたちにも何か考えてくれてたの?)


「係累もいないし、年甲斐もなく若い嫁さん、って柄でもないからね。せいぜいお手伝いさんでも雇って晩年終われば、という程度なんだよ。一人暮らしも慣れているし」
 なるほど、炊事洗濯掃除を厭うヴァルターではないから、広い家でもそれなりには片付くわけだ。
ぴかぴかに磨きぬかれているわけではないが、台所、ことに水周りの清潔さと、パンをしっかり保存しているところは、オットーが何となく嬉しくなった点ではあった。
「ただ、亡くなった後のことは毎年考えることにしていて、一応毎年、遺言書は執行人に託しておくことに決めているんだ」
 後任が誰になるかはわからないが、財産全てを渡していいとは思えない。
それよりは、村の人々に少しずつでも形見分けをしておいた方がよいと考えたヴァルターは、まずはメモ帳を作り、皆の様子を見守ってきたのだった。
相応しい贈り物は何だろう、何を渡せば有効に使ってもらえるだろう、と。
「なので……その。普通のメモのほうは、実はおまけなんだよ」
 皆の日常。そこから見た様々な個性。
レジーナが、宿の軒下で子猫を生んだ野良猫を追い出せず、ミルクだけおいて知らん顔していたこと。
カタリナのフードで隠れた右耳には小さな傷があり、それは病気の羊のための薬草を森で探していて、木の枝で傷つけてしまったものであること。
 ペーターが礼拝堂のツバメの巣を覗こうとはしごを持ち出し、それを壊したこと。
トーマスが、風邪を引いたペーターを心配して家の前から動かないリーザを心配し、なぐさめに人形でも削ってやろうとして手を怪我したこと。
 リーザが、お菓子作りに挑戦して、砂糖と塩を入れ間違い、こっそりカタリナの羊に食べさせようとしていたこと。
ゲルトは実は、両親が男でも女でも使える名前だから、と適当につけたらしいこと。


(リーザちゃんちょっと?)
(えへ、ごめんなさいー。あの後捨てちゃったけど)
(子猫は可愛いじゃないのさ)
(トーマスさん……)
(おい、妙な考えは止めろよ。俺はただ……)
(( ´ー`)y-〜私の名前がないのは寂しいなりに分かるんだが、それにしても一人足りなくないか?)
 見えない紫煙がくゆる墓場で、皆はふと、考え込んだ。
村長は除外。一応他所から通ってくるアルビンも除外。今後の信頼次第だった、ということだろう。
すると、残るは……?


「なるほどな」
 表紙をつけられた紙束を、ぱらぱらとめくりつつ、ならず者は呟いた。
「遺言なんで知られたくなかった、ってのはまあ納得したぜ」
 ぽん、と表紙を叩き、もう一度ヴァルターの正面に立つ。
「アルビンから買い戻そうってのも分からなくはねえな。遺言状ってので後でもめんのは楽しくねえしよ」
 毎年書き換える以上、元となったメモはそのたびに破かねばならない。
この分だと、執行人がこの村の住人でないのが残念だな、すぐには抱き込めない、と内心くやしいアルビンだったが、ヴァルターの様子を注意深く見守った。
 まだ何か、相手は隠している。
それを知られたくない相手は……
「で、俺のところだけどよ」
 ディーターのページは、あるにはあった。
だが、記号が何度か塗りつぶされたり、書き直されたりしているようだ。
アルビンも塗りつぶされた文字まで複写してはいないが、まあ、怪しいことには変わりない。ディーターのページの記載が一番多いのだから。
「隣村のマリアンネは、怪我してたの負ぶって帰っただけだし、秘密でもねえな」
 ややふっくらした娘さんで、途中ディーターがへばりかかった、というのは事実だが、書かれて困るレベルでもないし、他の村人と違って知られたくないわけでもない。
 だから余計に、気になってくることがある。
「まあ、他のネタも、認めるよ、全部俺がやったことだ。だけどな」
 手の中の手帳を見て、また再びディーターはヴァルターを睨んだ。
「俺が10歳の時の話って、結局、何だよ」


(……ディーター、あの頃からぐれだしたんだったな)
 トーマスの声はどことなく、遠くを思うようだった。
(レジーナがちょうど、熱烈恋愛を、町の男としてた頃でな)
(あの時は良かったんだけどねえ。結婚話が壊れて、あたしはしばらく泣き暮らしてたのさ。そうしたら、風の便りに、そいつがとんでもない詐欺師だったって聞かされてね)
(レジーナママ)
(おばさまは、それから仕事一筋に?)
(そういや、ディーターが「あいつは悪い奴だ」って言ったの聞かなくってね。子供の目からは真実が見えていたんだね)
(( ´ー`)y-〜じゃあ、彼の初恋はレジーナさんだったのか)
(想像つかないや……)
(ペーター、何か言ったかい?)


 そこまで辿りつかれてしまったか、と、ヴァルターは苦い思いで一杯だった。
それさえ口走らなければ、秘密メモの存在そのもので済んだことだったのだ。
まあ、後は真実を一部明かして、勘弁してもらうしかない。
頭の中で、ぼやかす部分を懸命に探し、自己弁護の言葉を必死に考える。
気づかれませんように。どうにか途中で止められますように。
重たい口を開く彼に、ドアにもたれていたモーリッツも含めた皆が身を乗り出し、ヴァルターの周囲に集まった。
 掌の中に、じっとりと汗が滲む。
けれど、もう少しだ。あと少しつじつまさえ合わせれば、平穏無事に終わる。
「これは、又聞きだったのだが……」


posted by ai-s at 23:48| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 人狼SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。