2004年12月21日

A305「沈黙の村 番外編〜ヴァルターと秘密の手帳」10

 赤毛の少年は、破れた、いや、自分が破いた布地を前に、途方にくれていた。
聞いたのだ、確かに悪い奴の言葉を聞いたのだ。
『なぁに、町に出て暫くしたら、売り飛ばしちまえばいい。或いは、有り金送金させて、それからでも遅くはないさ』
 ハンサムで、皆の目の前ではレジーナを女神のようにあがめていた青年は、祭りの時にやってきた得体の知れない仲間と、こっそりそんな話をしていたのだ。
樽の陰に隠れて聞いたので、向こうに自分の姿を見られはしなかった。
けれど、レジーナは信じてくれない。
『あの胸が開いたガウン、あんなんで客を引かせれば……くくくっ』
客を引く、という意味は分からないが、何かたくらんでると伝えた。
 でも、やっぱりレジーナは信じてくれなかった。怒られた。
悪い奴も、面と向かえば否定するに決まっている。大人で話を聞いてくれそうな人は村にはいない。
そんな時に、洗濯場に干してあるガウンに出くわした。
むしゃくしゃして、何をして良いか分からなくなって……気づけばガウンを引き裂いて、ずたずたにしてしまったのだ。
 悪いことをした、とは思うけれど、きれいな色だけれど。
子供だから、話を聞いてもらえなかったのか。それとも、村にとって、要らない存在だからなのか。
泣くまい、と歯を食いしばっていると、足音が聞こえた。
 控えめな、踵の高い靴の音。
歩幅は狭く、ゆっくり首を回してそちらを見ると、大きな、つばの広い帽子が見えた。
ヴェールも被っていて、顔立ちは良く分からない。
「―――あんた誰?」
白い上着とスカートの、レジーナとは違い男のように細い女性は、彼から少し離れて立ちどまり、僅かに首を傾げた。
「……これは?」
 少しかすれた声、襟元も寛げておらず、あまり丈夫そうには見えない。というより、村の人ではなさそうだ。
「俺がやった」
 泣きそうなのを堪えて、赤毛を振りたて、少年は明言した。
「悪い奴が、女の人を騙そうとしているんだ。止めても、聞いてもらえなくて、そしたらこのガウンがあって、……破っちゃった」
「そう、困ったね」
 他所の女の人は、ガウンと彼の顔とを交互に見比べた。
「そいつ悪い奴なんだよ。絶対。俺、この耳で聞いたんだ。嘘じゃない。……でも、話を聞いてくれないんだ。信じてもらえないかもしれないけど……」
「……じゃあ、私が信じる」
 俯きかかった頭上から、言葉が降ってきた。
思わず見上げたヴェールが少しだけずれて、深い色の瞳がちらり、とだけ見えた。
「信じるから、泣かないで」


 ゆっくりと、視線を上げ、ヴァルターは周囲を見回した。斜め左手に、妙な空間が開いている。
いつの間にか、何故だか、アルビンが消えていた。
嫌な予感を覚えたが、とにかく、今いる人間だけでも納得させるのが先だ。
「と言うわけで、本来ならその人とディーターの秘密だったんだが、あー、又聞きを書くのは申し訳なくてね。思わず話してしまってすまない、ディーター」
 赤毛の男は、しばし、呆然としていた。おー、という声が口元から漏れる。
「……忘れてたよ。何だよ、あの時のことかよ。……忘れてた。そうだ、誰だか知らねえけど、黙ってていいって、大人の人に話してみるって言ってくれて……」
「それで、その人が村長に話したの?」
 パメラの問いかけに、僅かにぎこちなくなったがヴァルターは頷いた。
「まあ、あの後、盗難騒ぎになったりしたんだが、それも仕方なくてね。ガウンはその人が始末したんだろう。ディーターが責められたら、約束を破って真相を話そうと思ったんだが、幸いそういうことにもならなくて、そのあとすぐに、レジーナも破談になってしまったからね」
パメラは、何か違和感を感じた気がした。村長の話しぶりが、微妙に違っている。
きっと色々あったのよね、とは思ったが、そっと指で触れた手が、未だにかたく強張っている気がする。
言いたくない話をするときって、そんなものかしら。
けれど、まだ何か屈託がある、と顔を覗き込もうとして、自分の顔がかなり近づいているので、少し赤くなって身を引いた。
 と、言うことだったのさ、と片付けようとしていたヴァルターは残念なことにパメラを見てはおらず、ディーターが考え込む顔つきになっているのに内心焦りを覚えていた。
「そういや、あれ、あの人さ。結局誰だったんだ?村長」
 追求しないでくれ、ディーター、頼む。頼むから。忘れてて良かったくらいだから。
と言いたくても言えなくて、苦しい。
「……チョーっと、失礼しマース」
 何故かジムゾンが部屋を出て行った。安心したいが、アルビンと二人していなくなるのがとても怖い。
「ひょっとしてよ、見合い相手の女か?そいつは」
 顔を知らないモーリッツがそう誤解したのを、そのまま使わせてもらうことにした。
「え?あ?そういえばそんな頃だったかなあ?ははははははは……」
 弾かれたようにディーターが顔を上げる。
「ちょい待て、それじゃ俺が原因で縁談ぶっ壊れたとか言うんじゃねえだろうな?」
 再び視線が合いかかり、どうにか逸らす。
違うんだ、違うけれど言うの恥ずかしいんだよ、ディーター。
「いやあの、私もまだ若かったし。学業を修めないで結婚なんて、誰が相手だろうと失礼な話じゃないか」
 だから、あんな真似を企んで、偶然、あんな場面に出くわしたんだった。


 ディーターは、まだ若いと思われるその女性と、川べりに並んで腰掛けた。
服が濡れそうな位置でも、彼女は気にしない様子で、知らない同士の距離はあったけれども、何だかとても話しやすそうな気持ちになれた。
「……もう、黙って人のもの……」
「しないよ。すげえ悪かったし」
 レジーナには黙っておく、けれどこのままにはしない、その人と手袋越しではあるが指切りした。
「でも、あの色、どうかって思うけど……」
「そう?髪の毛とか、はっきりした色なら似合いそうだけど」
 言われて、ヴェールに隠れた横顔を仰ぐ。
「じゃあ、じゃあ、俺みたいなんでも?」
「ガウンは駄目だけど、上着くらいなら」
 赤い髪でもいいんじゃないかな、と言われて、くすぐったい気分になった。
清潔な洗濯物の匂いしかしないこの女の人が何処から来たかは知らないけれど、俺みたいな子供の話も聞いてくれたんだ。いい人に決まっている。
「……姉ちゃん……名前は?」
「えっ」
 急にびっくりした相手に、そういえば、名前って自分から名乗るんだった、となんとなし恥ずかしくなって、ディーターは足で川面をばしゃばしゃ蹴飛ばした。
「ディーターってんだ」
その人はちょっとだけ唇をかんだ風で……


「名前、なんてんだっけなー。もちょっとで出てきそうなんだけどよ」
 思い出さないでいいっ、ディーター!後生だから忘れてくれーっ!
内心の焦りを出すまいと努力するヴァルターは、急にドアの開いた音に、椅子から飛び上がった。
「戻りマーシーたー。おや?ソンチョー、顔が真っ白デースねー」
「お、ジムゾン。ヴァルターの見合い相手って名前知ってるか?」
 聞くなーっ!聞かないでくれー!
ジムゾンは、すぐには答えず、二人の若者に声をかけた。
「ヤコブ、ヨアヒム、アルビンを手伝ってアーゲてくだサーイ」
「アルビンさんを?何だべ」
「さあ。何か見つけたのかな」
 後ろ手にドアを閉めたジムゾンは、その姿勢のまますたすたとやってきた。
ますます、ヴァルターは身体を強張らせる。
「ディーター、村長の縁談を壊した女性の話ナーラ、聞いたコトがありマース」
「ジムゾンっ!」
 立ち上がり、近寄ってくる幼馴染からひょいと身をかわし、ジムゾンは極上の笑顔で彼の耳元へと囁く。もちろん、一番嫌がる位置で。
久々に、悪戯しあった子供の頃のように。
「俺なりの、手帳のお・返・し♪」
聖職についていらい、ヴァルターで遊ぶのを控えていたのだが、何せ手帳の内容が、結構細かくあれこれ書かれていては、何かしたいのが人というものではないか。
それに、何故こうもヴァルターが嫌がるのか分かってしまった今、久々に(?)うずく悪戯心を止めようがない。
 身悶えた相手は足元に放置し、笑顔をディーターに向ける。
「あなたの出アーった女性は、ヴァレリーと言いマセーんでしたカー?」
 ディーターの口が、再びアルファベットのオーの形に開く。
斜め下にヴァルターを見下ろしつつ、ジムゾンはアルビンたちの戻るのを待った。


 オットーは、パメラと共にヴァルターを助け起こして椅子に再び座らせた。
もう一杯、気付けに何か飲ませた方がいいかもしれない。
「村長、ブランデー?確かカルヴァドスくらいは……」
 弱々しく首を横に振るヴァルターは、一体何を怖がっているのだろう。神父にはそれが分かっているのだろうか。
「ジムゾン、ちょっとやりすぎじゃねえか?」
 怪訝に思いつつも、ディーターは神父に声をかける。
「こんなんだと、まともな説明してもらえんのかね」
「もし、ソーンチョーが話さないナーラ、私が話しマースカラー」
 ヴァレリーという名前の女性、ぼんやりした少年の頃の記憶。もし本当に村長の縁談を壊した女だったら、ひょっとすると思い出したくない相手なのかもしれない。
ディーターは信じてもらって嬉しかったが、誰にだって嫌な奴はいるだろうし、わけありだったなら不必要に抉ったのかもしれない、と、やや気が咎めた。
「村長のオルゴールの女性のことなら、これ以上は話す必要ってあるのかしら?」
 パメラの言葉に、ヴァルターは目をぱちくりさせた。。
「あれは、学府の頃に作ったのを、合いそうな箱があったから収めただけだよ」
「え?それじゃ、……村長の手作り?」
 女性に対する贈り物に買ったのかと、パメラはずっと思っていた。
「誰かにあげたことって……」
「ないよ。失礼じゃないか」
 と、いうことは。ヴァルターの手作りの贈り物を、誤解からとはいえ、突っ返してしまったことになる。
好き嫌い以前に、ひょっとすると失礼な真似しちゃったの?
そうなると、ヴァルターのその後の素っ気無い態度は、ノーサンキューされた相手に対する当然の反応ということになるわけで……。
「えーーーっ、ごめんなさい村長!」
 返さずに受け取っていたら、ひょっとするともう少しなんかあってあって……じゃなくて、と、パメラはいたたまれず一歩引いた。


(手先が器用なのはいいが、中身がまるっきり不器用だと損って見本だな。俺のこと書いてる場合か?)
(( ´ー`)y-〜中年までロマンスと遠かったのが不幸の始まり……)
(でも、相手の女って、あたしたちもどんなか知らなかったからねえ)
(パメラ先生、貰っておけばよかったんだよ)
(村長さん、やっぱりリングとかお金だったら良かったのかなあ?)
(いきなりプロポーズするような性格ではなさそうですよね)
 あ〜あ、と、声なき声が唱和し、こっそり進入して様子を見ていたメリーも小さく和した。


posted by ai-s at 00:07| 東京 🌁| Comment(4) | TrackBack(0) | 人狼SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
やべぇ、マジやべぇ。俺、この手の話弱いんだよな。
くっ・・・俺の気持ちが解かるぜ、俺。・・・って支離滅裂だが。
普段周りから信じて貰えねぇ悪ガキが、誰かから信じて貰えると嬉しいような情けないような、複雑な気分になるんだよな。
Posted by A305村 ディーター(meso) at 2004年12月21日 04:02
あわわ…ホントにどうしよう。先生、この手のお話身につまされちゃいます。
あたしの気持ちがわかるわ、あたし…って支離滅裂だけどっ。
好きな相手に一直線でも、かんじんなところで鈍感なぼんくらな女の子。ダメだなぁ。あーん。
Posted by A305村 パメラ(artrone) at 2004年12月21日 07:12
二人ともシンクロしてどうするんだね……
というか帰らないか、ここらで?なあ?
私としては納得して帰ってくれれば平和なんだが。

頼むよ……
Posted by ヴァルター(ais) at 2004年12月21日 11:06
そうだったべ。ディーターは昔からかわいげのないくそガ・・・。な、何するだディーター!耳だけはやめてくんろ!

・・・まぁ、ディーターは昔から全く変わっとらんべな。村長さんも変わらんべ。
・・・おいらも人のことは言えんが。
Posted by A305 ヤコブ -sirokuro at 2004年12月21日 13:17
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