2004年12月22日

A305「沈黙の村 番外編〜ヴァルターと秘密の手帳」11

 ドアが開き、アルビンがにこやかに顔を覗かせる。
「失礼します……村長、別の取引のご相談がありまして」
 半開きのドアを背にしたまま、商人は契約書らしきものをはらり、と片手で広げた。
「手帳の値段ほど張りはしませんが、まあ、1500ハーゲン○ッツほど一括でお支払いくだされば……」
 高ぇよ、とディーターがぼやき、ヴァルターは首を横に振った。
「まだ全て申し上げてませんが、契約破棄ですか?破棄されますか?」
 いいんですね?と妙に含みを持たせて言われたが、やはりヴァルターは首を縦に振ろうとはしない。
それは実は、今回に限り、アルビンとしては望むところであった。
「では、二人ともお願いしますよ」
 ドアの後ろに声をかけると、何故か、重たいトランクを引きずったヤコブと、お湯を張った洗面器とタオルを抱えたヨアヒムが入ってきた。
トランクを見たヴァルターの顔が、再び色を失う。
「アルビン……」
「売買契約は瞬時のものですからねえ。法律的に成立しなかった以上、僕が何をしようと勝手のはずですが」
 アルビンはヨアヒムに顔を向けた。
「じゃ、それをジムゾンに渡して」
「あ、うん、でも神父さんに髭はないけど……」
「ええ、ジムゾンが剃るんじゃありませんよ」
 こちらに来るヨアヒムの抱えたタオルの上に、洗面器だけでなく、鋭い剃刀が載っているのに気づき、ヴァルターは再びジムゾンを見上げた。
「ヤコブも、こーっちキテ、手伝ってクーダサーイ」
「よし、わしも」
 何が起きるのか勘付いたモーリッツが腕まくりをしてヴァルターに迫る。
「ちょ、ちょっと皆さん、何を考えてるのか先生に教えてちょうだい!」
「パメラ先生、ディーターも、こっち来てください。あ、オットー、逃がすのは駄目ですよ。真実はもうこうなったら全部表に出しちゃった方がいいし」
「なあ、一体何が……」
アルビンが片手で押さえているトランクの中身はなんだろう、けれどヴァルターは全員に囲まれていて、ジムゾンが剃刀を取り上げて振りかざし。
「ちょっと待てっ、そんなこと許さんっっ」
「あー、ヨアヒム、シェービングクリームは」
「ごめんごめん、超忘れてた。暴れると傷だらけになっちゃうよ、村長さん」
「助けてくれ、オットーっっ」
 迷うんだけど、どうしようかな、と、薄情なことに村長よりもトランクが気になるオットーである。
どうせ、吊られるようなことではないのだから。いいんじゃないだろうか。
「わーっっ!」
 トランクはどうやらダイヤル錠がついているらしく、アルビンはなにやら機械を取り出すと、掛け金の閉まっている辺りに、聴診器のようなものを当てた。
「この、スーパー自動ダイヤルチェッカーを利用すれば……っと」
カチカチと回すうちに、ピーン!と澄んだ音がして、片方の掛け金が外れる。
「ん……っ、あれ?も一つ鍵がいるんですか?厄介だなあ」
 何となしアルビンは犯罪者すれすれなんじゃないだろうか、と思いつつも、もうトランクの中身の方が、後ろのじょりじょりという音よりも気になったため、オットーは小さな鍵穴を針金で弄くっているアルビンの方に意識を向けた。
「ほどほどにしといてやれよー」
「間違って喉を切ったりしちゃ駄目ですからね、先生縫えませんから」
そういう問題ではないが、割と良識があるはずの教師二名も割とおざなりな言葉をかけるのみ。
やはり、目的が別だったとはいえ、秘密メモなんてものを作っていた報いだ、という思いがあるにはあるのだろう。
「ほら、とっとと顔拭ってやれ」
 モーリッツが軽く湿したタオルをヴァルターの顔にあてがって、顎の辺りを乱暴に擦ってやる。
「えー、意外ー」
「……村長……そういう顔してただか……」
 ヨアヒムとヤコブの声に一瞬、トランクにへばりついていた面々も顔を向ける。
「離してくれっっ」
 やや力を込めて、押さえつけていた腕を振り払い、トレードマークの髭を失ったヴァルターが起き上がる。
やや悔しそうなその顔を見るのは、久しぶりのものもいれば、初めてのものもおり。
「何だか……可愛いわ……」
 濃い色の、黒目がちな目。意外に細い顎のライン。中性的と言えないこともない、少し整い気味の顔に、パメラがそう漏らしてしまったのは無理からぬことだが。
何となしそむけ気味のヴァルターに、奇妙な見覚えを感じてディーターは首を捻った。
「いや、昔はそりゃ髭はなかったと思うけどよ……いったい……」
 がちゃり、という音がして、おっと、と慌ててまた顔をトランクに向けなおす。


(あらぁ……意外なお顔立ちなんですね、村長って)
(そうそう、童顔なのは気にしてたっけねえ)
(髭揃うまでかなりかかっただろうに、可哀想だな)
(でも、オレっちも遊んでみたかったなー)
(リーザも、お髭じょりじょりってやってみたかった)
(( ´ー`)y-〜恐るべきは子供たちだな)


 大きなトランクの中に入っていたのは、白い布地と箱が二つだった。
箱のうち一つはどうやら帽子のためのものだ。
結んであった色褪せたリボンを、アルビンはそっと解く。
「……さて?」
 出てきたのは、つばの広い婦人用の帽子だった。
そしてその下には、半透明のヴェール。
「まさかっ……!!」
ディーターは乱暴に、布をひったくって広げた。長袖、襟の高い白い上着。
その下にあったのは……
「スカート。あ、縁の部分可愛いなー」
パメラがはらり、と広げたそれに、水辺でついた染みがある。
恐らくは、ディーターがはねて、相手に降りかかった水が。
「おい、ヴァルター。どういうこったよ」
 これを着ていた女は、今どこに行ったんだ?
モーリッツも誰も、破談になった女性のことは知らないという。顔も見ていない、と。
つまり、あの女性は、やはりヴァルターと何らかの関わりがあったわけだ。
 そして、縁談に関しての話題を、ヴァルターはしたがらない。
ということは……
「まさかヴァルター、女に迫られて嫌になって手にかけた、なんて言わねえだろうな?」 んーーー?と、モーリッツが剃刀でぴたぴたとヴァルターの頬を叩くが。
「ノンノンノン、違いマース」
 その口調で、何度もディーターの発音を直させたジムゾンが、トランクへと歩み寄り、帽子とヴェールを取り上げた。
「昔、私はヴァルターに相談をウケたことがあるのデースよ」
政略結婚なんかしたくないんだ、と。
適当な女に金で頼んで狂言をやってもらえば、と提案したが、金はともかく、今結婚騒ぎは嫌だと言いはるので、適当につい言ってしまったのだ。
「女装でもドーかと薦めたのですが、じーっさいにヤーるとはネー」
 ふわり、とヴェールがかけられ、ぽすり、と帽子が乗っかれば。
「チョーっとその服、肩幅がアールと思いまセーんか?」
「あ、ほんとね。小さめだけどあたしでも着られそう」
 ヴェール越しに、ヴァルターは一番見たくない方角をこっそり盗み見た。
腕組みをし、傷の増えた顔を紅潮させ硬直させている、あの日の意外な真実を知らされたディーターを。
 ギリリ、と奥歯の鳴る音が聞こえた。
「……今はちょっとやだね、それ。あ、でもだいぶ若いときか」
「意外な演技派だったのは村長さんだったべな」
 ひそひそと隅のほうで声を潜めるヨアヒムとヤコブ。
「じゃあこの箱は……」
 と、アルビンが開いた箱からは、踵の高い靴とウィッグ、紫色の絹地がこぼれ出た。


(なるほどね、村長が隠してあげてたってことなのかい)
(見つからないはずだよねー。泥棒さんなんて思わないもの)
(ディーターの必死さを、哀れに思った、ってところか)
(でも、ちょっと酷いわ……ディーターさんに)
(( ´ー`)y-〜信頼と裏切りが紙一重だったとは……)
(トーマスさんもレジーナママも信じてなかったんでしょ?)


posted by ai-s at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 人狼SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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