2004年12月23日

A305「沈黙の村 番外編〜ヴァルターと秘密の手帳」12

 覚悟を決めて、ヴァルターは立ち上がった。
ヴェールも帽子も払いのけ、ゆっくりと、ディーターの前に立ち、彼を真っ直ぐに見上げる。
あの時は、見下ろしていたのだったが。
「ディーター……騙してすまない。好きなようにしてくれ」
胸元で組まれていたならず者の腕が、緩やかに解かれる。
あの太い腕で本気で殴られたら、暫く頭ががんがんするだろう。
 信じてくれたディーターを、こんな形で裏切っていた、ヴァルターがいけないのだ。
半殺しにされても仕方がないだろう。
それでも流石に、身体が震えてくる。
 腕がさっと持ち上がった。
「ディーター先生っ……!」
 パメラが駆け寄ろうとするが、モーリッツの腕に阻まれる。
ヴァルターはぎゅっと目を閉じた。


「……血、ついてるぜ。さっさと手当てしな」


 何かを堪えた声でそれだけを言ったディーターは、次の瞬間、身を翻す。
「……ディー……」
「帰る」
 ドアを開けて出て行く背中は、それしか言わなかった。
「ディーター先生……」
「……超かっこいーなぁ……」
 モーリッツは無言で頷き、アルビンとジムゾンは顔を見合わせる。
俯いたままのヴァルターにオットーが一歩踏み出したとき、掠れた声がした。
「皆、今日は帰ってくれないか」
 パメラがそんな、と呟いたが、この状態で、果たしてヴァルターにもディーターにも何の慰めがあろうか。
「……頼む。帰ってくれ」


 人の気配が消えた部屋の中で、ヴァルターはゆっくりと、明日の朝葬り去るつもりでいた、過去をまとめにかかった。
 ヴァルター自身は、ディーターの一番傷つきやすい時期に、学府で学んでいたため、短い帰省でも余り声をかけてやることが出来なかった。
親しく話などしていたら、あの時の女装を勘付かれていただろうから、その後も遠くから眺めているしかなかった。
ただ、あのガウンの件の約束どおり、ディーターは自分がやったことは認め、それ以外は断固として否定した。荒くれたとはいえ、真っ直ぐさを失っていないディーター、彼に多少は影響を与えてしまったのではないか、と思ったのは、派手な色のシャツを好んだりするようになってしまったからでもある。
 だから、黙って葬り去るつもりが、ふと言葉が零れてしまったのは何故だったのか。
気の緩みか、それともあの夜、パメラの生命さえ危機に晒し、自分も死を覚悟したからだったのだろうか。
 投票の指定があったため、そこで口を噤んで誤魔化しにかかったが、結局、ヴァルターは嘘を貫き通すことは出来なかった。
ディーターの、小さな、忘れていた思い出一つを守るためにさえ。
 けれど、もう、全て明かされてしまった。やることは、この過去を消して、……許してもらえなかったとしても、日々を今度こそ真っ直ぐに進むことだろう。
 メモ帳もまとめた。ヴァルター自身のもの、アルビンの写し、それら全てを、先ほどの裏口から、裏庭へと持ち出す。
 よく燃えるだろう。風もそう強くはない。
先ほど髭をそるのに使われた洗面器も持ち出し、火事の予防をする。
燃えやすそうなもので燃えにくいものを囲むと、メモもちぎって、ある程度火のまわりを良くするように配置した。
 手元に1枚、メモを取り、マッチを擦って、オレンジの火を点す。
「すまなかったね……」
 誰にともなく語りかけ、紙へとその炎を移した時だった。


「……何やってんだっ!」
 背後から怒号が聞こえ、ヴァルターの手から、燃える紙片が払い落とされる。
「……ディーター」
「カタリナの羊が何だかメーメー呼びやがるから戻ってきたら、ヴァル、てめえ、何しようとしてんだよっ!」
 シャツの裾を食われそうになって、しょうがないから、と来てみれば、呆けた目のヴァルターと、燃える紙片が目に入った。
正直、自殺するような状態ではないと思ったが、人間、ショックを食らうと何を考えるか分からない。
 そして、やっぱりヴァルターはいたたまれない面持ちで、ディーターから目を逸らしかかる。万一のことなんかあったらそれこそ許しがたい。
襟首をつかんで、無理やりに頭を持ちあげた。
「っとに、墓も行かねえで、何てめえのことばかりやってんだよ。とりあえず、明日の朝一番で引きずってくからな。それまで妙なこと考えんな!いいなっ!」
 揺すぶると、髭を失った顔が僅かに頷いた。
それを確認してから手を離し、ディーターは、思い出の山をひと睨みする。
 空回りばっかりの日々、それでも自分らしく、堂々と生きてきた。村から追放されることもなかった。
人狼がやってくるまで、ちゃんと、皆はディーターを村の一員として認めていた。
だから、生命を張って惜しくもなかったのだ。
 あの日にあったことの一部は嘘だったとしても、ディーターの言ったことをヴァルターが信じたことは、間違いないのだろう。
だから、偽りがあっても、信頼そのものをなくしたわけではない。
「しっかし、何でジムゾンなんかに相談したんだよ。他人の頭なんか拝借しねえで、ちゃんと断りゃ良かったんだよ」
 マッチを数本、まとめて景気良く擦り立てる。
「そしたら、……嘘なんかつくこたなかっただろ」
 自分になんか構うことはなかった。けれど、忘れていた約束だって、ちゃんと今日に繋がっている。
カタリナの羊だって、きっと、優しい主を忘れていない。
生死を問わず、敵味方を問わず、今日を作り出したのは皆がそれぞれに動いた結果だ。
「……有難うよ」
 小さな呟きとともに、過去を葬る炎が生み出された。


(どうやら、間に合ったみたい)
 カタリナの報告に、小さなうめきがあがる。
(( ´ー`)y-〜大丈夫かな)
(間違って火事になったら嫌だよね)
(お肉は焼けたより生がおいしいと思うの)
(ちびの癖に通なこと……って、人狼の味覚か)
(結局、あたしの縁談壊したのは村長かい。次の世でも敵だったら、今度こそガブリといかなくっちゃね)


 炎よりも赤い髪の男は、ポケットに手を突っ込んで暫く火柱を眺めていた。
その腹の辺りで、小さく音がする。
「……げ。腹減ってきた……」
 そういえば、もうだいぶ夜遅い。
「よければ、まだくるみパンが台所にあるよ」
「しけてんなー。何か作れよ」
 そう言いつつ、ディーターは火にまた目を向ける。
「遅いから、スープぐらいしか出来そうにないが」
「おう、任せる」
 裏口に向かおうとして、ヴァルターは目をぱちくりさせて足を止めた。
「……皆、何をやってるんだね」
 扉の影や反対側の壁にへばりついた村人たちが、顔を見合わせる。
「何かいい雰囲気だったから、何言っていいか分からなくって」
「んだんだ。喧嘩なくてよかっただよ」
 ヨアヒムとヤコブが頷きあい。
「……あたしのライバルって何だかディーター先生みたい……」
「パメラ、何をごちゃごちゃいってるんでえ?」
「なっ、何でもないのよモーリッツさん。チャンスはまだまだ……あるわよね……?」
 モーリッツの言葉を、パメラが両手を振って誤魔化す。
微妙に涙目のヤコブにはまだ気づいていない。慰めるように、ヨアヒムがその肩に手を置いた。
「いやー、傷に効く薬を持ってきたんですが、いかがです?試供品つきで1000ハーゲン○ッツほどしますがね。いい養毛剤も……」
 アルビンはめげずに、次の商品を売り込みにかかっている。
「パン、もう少しあった方がいいかと思って持ってきたんだ。ちょうど皆揃ってるなら、食事にしちゃわない?僕も手伝うよ」
「お腹がスーいていルート、ロークな考えになりまセーンからネー」
 そう言いつつパンを取ろうとしたジムゾンの手を、オットーが軽く叩く。
「神父さん、後だよ、後」
 やはり振り返って様子を見たディーターの頬に、オレンジの炎が苦笑の陰をつける。
「結局、みんなして揃ってやがんな。ほら、さっさと飯作れよ。明日、もっかい全員で、あいつらの見送りな」
 パチリ、と、大きな音を立てて火の粉が夜空に舞い上がった。


(……ふあ〜あ。)
 墓の下の気配たちは、久しく聞かなかった声に振り向いた。
(あれ、ゲルトじゃないのさ)
(ひょっとして、もうそろそろ時間なのかしら?)
(一応、神父さんもお祈りしてくれたもんね)
 厳密には姿はない。けれど、その声の響いてくる方向から、何となく香ばしい空気が、湿った墓の中へと吹き寄せてくるような気がした。
(( ´ー`)y-〜いよいよ、転生か)
(次の村で、また会えるかなあ?何かママとは会っちゃいそう)
(ふふ、どうだろうね……)
(あー、やっと窮屈な場所から解放されるぜ)
 もはや彼らを足止めするものはなく、旅人はタバコをくゆらせ、少年は少女と手をつなぎ、女主人は重たい腰を持ち上げ、木こりはこきこきと首を鳴らす。
 羊飼いは、ふと、遠くへと目をはせた。
(メリー、モモ、有難う。今度はコンテストで優勝しましょうね)
 杖を握り締め、転生に期待膨らませて、心優しき人狼娘は、皆の後を追って、輝く風の中へと飛び込んでいったのだった……。


A305「沈黙の村 番外編〜ヴァルターと秘密の手帳」完




posted by ai-s at 00:00| 東京 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 人狼SS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
みごとなSSでした。。
すごい文才ですね。。
ぜひこの話の本にしませんか?自動印刷&製本機を今なら1500ハーゲン○ッツで。。。(爆)
Posted by アルビン at 2004年12月22日 20:35
まずはお疲れ様でした。

私であったはずのヤコブがこうして勝手に(?)動いて大騒ぎをしているのを見て、すごい不思議な感じがしていました。
まるで村のみんなが本物の命を与えられたみたいで、すごく嬉しかったです。ありがとうございました。

話の内容も、毎回毎回続きが気になってしかたが
ありませんでしたよ!
いつのまにか席を外すアルビンなんてもうドッキドキですw
寂しいなと思っていたらまだノベライズが続くようで…。楽しみにしてます! が、どうぞ無理しないで下さいね…。
Posted by sirokuro at 2004年12月24日 21:01
なるほどな、そう言う理由なら・・・なんて簡単に俺が許すと思ったかよ?
だいたいお前ぇはいっつもそうなんだよっ、昔のお見合いにしたって、パメラの事にしたって!
ハッキリ自分の言葉で伝えりゃ良いんだ、それをグダグダ余計な気ぃ回してばっかで・・・
ったく・・・仕方ねぇよなぁ。その優しさが、お前さんの取り柄なんだからな。

・・・・・・ありがとよ、アンタの言葉で大分救われたぜ。

。oO(それは良い、それは良いんだが・・・くっ・・・俺の・・・初恋が・・・チクショーッ!)
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・・・と、言うワケで。ディーター的には納得(?)の結末ですね(笑
村の皆は、いつもの日常に帰って行くんでしょうね。彼らの事ですから、きっとこれからも元気に、温かい村へ復興してくれそうですね。恋の行方も見逃せませんし(笑
後日談の執筆、お疲れ様でした。毎日・・・とはいきませんでしたが、いつも続きを楽しみにしていました。
さらにノベライズまでして頂けるようで、この村の住人達はホントに幸せ者ですね!楽しみに待っています。
Posted by A305村 ディーター(meso) at 2004年12月25日 02:44
>アルビン
最近4桁の契約書が多いんだが……どこからそんな機械を持ってくるんだね?
秘密工場など建てているようなら税金がかかるが。

>ヤコブの中の人
有難う。ヤコブは優しくて楽しくて、中の人がとても好きだそうだよ。(やるのは挫折したらしいんだがね。)大八郎を大切に。またどこかで会いたいそうだ。

>ディーター
その、本当にすまなかった。まあ、ディーターがそのうち見つける女性が人間かどうかは占えるので……ああ、行ってしまった。
(妹とかいたら迷わず嫁にやるんだがなぁ……すまなかったよ、本当に)
Posted by ais at 2004年12月26日 12:22
カタリナ>素晴らしいですわ。今まで訪れた村では一番思い入れが強いA305村ですが、心暖まる番外編を読ませていただいてますます好きになりました。
メリー「メェー(僕らもこの村に生まれて良かったと思ってるよ)」
モモ「メェェー(こんな素晴らしい仲間に囲まれて、うちのご主人様は幸せ者ね)」
Posted by MAS at 2004年12月31日 06:23
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